おびき寄せ作戦

私は、昔からお酒を飲みに行くのが大好きで、その関係から、飲食店のオーナーとは経営の話をしたり、経営セミナーに一緒に参加したりするなど、いろいろな交流をもたせていただいています。
かつて、四国管財が同業者向けに、業務改善事例のプレゼンテーションをした際は、懇意にしているお店のオーナーとチーママに見に来ていただきました。業界との関わりを持たない人の、先入観のない意見も聞いてみたかったからです。

十数年前、私が高知県の教育委員をしていた時のことです。ある飲食店のオーナーさんから「相談に乗ってほしい」と言われました。それは、その店で働いている社員さんのお子さんについてでした。その子は、真面目で、勉強もできましたが、何かのきっかけで不登校になってしまい、学校から退学を促されているとのことでした。
私は、お母さんと電話で色々お聴きしました。そのお子さんにはいろいろな夢があること、そして、一歩が踏み出せず悩んでいることがわかりました。
この電話の中で、「何もしないで引きこもっているのはよくないので、まずは四国管財でアルバイトをしてもらい、次のミッションへ進めるようにしよう」という話になりました。
とはいえ、当社は、彼にとって聞いたこともない会社ですから、いきなり「アルバイトの面接に行きなさい」と言っても、行くわけがありません。そこで、彼が当社で働いてみたくなるように仕向ける作戦を立てました。題して「おびき寄せ作戦」です。
まず、地元の求人情報誌に、「四国管財でアルバイトをすると夢がかないます」「四国管財は、美容師になりたい、声優になりたい、イラストレーターになりたいという人を応援します」というコピーをでかでかと打ち出しました。電話の際、その子の夢の一つが美容師になることだとわかったからです。
次に、その求人広告のページを、家の食卓の上に、さりげなく広げて置いておきました。それを偶然見た彼が、当社に電話をかけてくるという計算です。ところが、なかなか、彼はおびき寄せられません。なんだかんだで1カ月がたったある日、ようやく彼からアルバイトの面接に行きたいという電話がかかってきました。
その子はまだ働くかどうか決めかねているようでした。面接は私がしました。改めて彼の話を聞いて、この子には無限の可能性と輝く未来があること、頭脳だけでなく人間性も秀でていることがよくわかりました。私は、「それはすごいね!」と、メンタリングをさせていただいて「それやったら、自分が幸せになる手段としてうちでバイトをしてみない?」と誘ってみました。こうして彼は、四国管財でアルバイトを始めたのです。
当社は、アルバイトでも新人研修を受けていただきます。当社の新人研修はかなり変わっています。当社では「何のために仕事をするのか」を明確にしています。仕事は自分の夢をかなえるための手段にすぎません。会社のためではなく、自分の夢のために働いてほしいと願っています。ですから、そのような話を研修でもしました。この時点で、彼の心にある程度スイッチが入ったように思いました。
折しも、「高知の街を元気にしよう」ということで、ネッツトヨタ南国さんが主体となって、高知県経営品質協議会の大きなイベントが催されていました。そこには、惜しくも亡くなった登山家の栗城史多さんや、ディズニーランドで実際にスタッフとして活躍して、夢と感動をお客さまに与えていた香取貴信さん、加賀屋克美さん、実業家・講演家の中村文昭さんなど、そうそうたるメンバーが集結していました。そこには、北九州で感動の美容院を経営しているBAGZY(バグジー)美容室の久保華図八さんも参加していました。
アルバイトに来た彼には、「今日は、研修を受けるのが仕事だよ」と説明して、研修に参加してもらいました。その際、感動美容院の久保さんを紹介して、久保さんの話も聞いてもらいました。
ここで完全にスイッチが入ったようです。彼は、間もなくアルバイトを辞め、休んでいた学校へ通うようになりました。すぐに成績はクラスで一、二を争うくらいまでに上がったと聞きます。夢が明確になった彼は、国立大学に挑戦しました。
こうして不登校だった彼は、あっと言う間に未来のある若者に戻ったのです。その姿を見て、誰よりも喜んだのはお母さんでした。
今回のことを通じて、改めて、人の可能性が無限大なこと、そして後押しの仕方も無限大にあることを感じました。