社員さんの進退

さまざまな社内改革を推進していく中で、業務の変化に伴い仕事量が激減している部署がありました。いろいろ考えた結果、そこで働いてくださっている社員さんのことを思うと断腸の思いではありましたが、昨年の10月いっぱいで当該部署を廃止し、他部門に組み入れることにしました。
当該部署でお仕事をしてくださっていたのは、主に70代後半の方たちです。まだ働く意欲もある方もいらっしゃいます。部署の廃止に伴い、一律に勇退を勧奨することはできません。
一般的に、高齢になると仕事の生産性が低下します。これは仕方のないことです。しかし、この方たちは、長年、三翠園に貢献してくださった先輩たちです。敬意ある対応が必要です。会社が、一律に、働き続ける道を絶つようなことはすべきではありません。働き続けるかどうかは、あくまでもご自身でお決めになるべきだと思います。

前職のお掃除会社でも同じようなことがありました。高齢になるにつれて、筋力が落ちたり、注意力が落ちたりして、汚れをきれいに落とせなくなる社員さんが相当数いらっしゃいました。ご自身が、そのことに気づいて退職される人もいらっしゃいますが、「私はまだまだできる」「仕事を辞めたくない」という人も結構いらっしゃいます。
しかし、そのまま現場に配置し続けていたら、お客さまにご迷惑をかけることになりかねません。そこで、苦肉の策として、本社の掃除をお願いすることにしました。というのは、お掃除会社の職員が自社の清掃をすることに抵抗感を抱いたからです。

 株式会社ローヤル(現イエローハット)の創業者の鍵山秀三郎(かぎやま・ひでさぶろう)さんは、創業時、荒(すさ)んだ社員さんの心を調えるために、社長自ら会社のトイレ掃除をしていたことで有名です。10年続けた結果、社員さんが自発的に会社のトイレを掃除するようになったそうです。鍵山さんには、「掃除を通じて、世の中から心の荒みをなくしていきたい」という哲学がありました。
しかし、私の前職はお掃除会社です。お客さまはお掃除会社に掃除業務を委託することで、本業の生産性を高めていらっしゃいます。掃除会社が、自社の社員さんを使って自社を掃除するという行為は、「自分の会社は自分たちで掃除する方がいい」と言っているようなもので、お掃除会社の存在価値を毀損(きそん)しかねません。ですから、抵抗感があったのです。
それでも、高齢の社員さんに働き続けていただける場をつくるためには、本社の掃除をお願いするしかありませんでした。こうして、前職では、高齢で仕事の品質が低下している社員さんに「本社の掃除に異動していただけませんか」とお願いしていきました。
本社の掃除なら、われわれがお客さまでもありますから、常に仕上がりを確認できます。「2階のトイレに掃除していないところがありました」「あの部屋の電気がつけっぱなしになっていました」「あそこの水道の水が止まっていませんでした」とその都度、業務上の指導ができます。
がんばっていただければいいのですが、残念ながらだいたい本社にこられて半年くらいで退職されました。理由は、自分の仕事がこんなに抜かっていたことに気づかれるからです。「ああ、こんな仕事をしていたんだ」「今まですみませんでした」とおっしゃり、納得して辞めていかれました。大切なことは、これまで働いてくださった先輩たちに敬意を忘れないこと、そして進退はご自身で決めていただくことだと思います。

さて、三翠園でも部署の廃止に伴い、高齢の方に働いていただく場として、お掃除係をお願いすることにしました。しかし、思わぬ問題が生じました。それは、今いる掃除係の人からの不安と不満の声でした。「突然、掃除係の人数が増えましたが、これって私たちの仕事を奪って、リストラするってことですか?」「この人たちの教育は誰がするんですか?」。私は正直に事情を説明しました。「あなたたちの雇用と収入を脅かすものではありません」「私はお掃除会社の出身ですから作業も私が教えられますから大丈夫です」と説明し、安心していただきました。
私は、ずっと「何かあったらいつでも相談にきてください」と言い続けてきました。今回、こういう不安や不満をストレートに言ってきてくださったことは、大変ありがたいことで、正直、めちゃくちゃうれしかったです。
三翠園の社員さんにしてみれば、いきなりどこの誰かわからない人が社長として自分たちの前に現れたのですから、最初は何を言ってもきれい事を言っていると思われたかもしれません。しかし、本気で社員さんと向き合い続けるうちに、だんだんと「この人はうそを言わない」「約束は守る」ということをわかっていただけたのだと思います。その結果、今回、安心して相談していただけたのでしょう。
さて、高齢の掃除係の新人さんたちですが、これを機に勇退を決める人もいらっしゃるでしょう。しかし、やる気がみなぎり、仕事を続ける人もいらっしゃるでしょう。それはそれでうれしいことだと思っています。
そして中には他社を紹介して顔晴ってくださっている方もおいでます。