Q&A社長にふさわしい車とは?

今回のお悩み相談は、社有車についてです。
Q.この度、社有車の買い換え時期とのことで、総務担当から希望車種について尋ねられました。当社は中小企業ですが、業況がいいこと、大きな節目の年を迎えたことから、思い切って車格を上げようか迷っています。社有車選定にあたって留意すべきことはありますか?

A.結論から言いますと、あまり華美な車は避けた方が無難です。
 私は高校生の時から大の車好きです。当時、透明なカードケース(写真などをはさめる下敷き)が流行していましたが、皆がアイドルの写真などを切り抜いて下敷きに挟んでいたなか、私だけは大好きな車の写真を挟んでいたものです。
その頃、「ケンとメリーのスカイライン」(通称ケンメリ)のCMが大流行しており、「車に乗るなら4代目スカイライン」と固く心に決めていました。念願かなって、高校を卒業するやいなや、出世払いということで母に懇願して中古の白のスカイライン2000GTX4ドアケンメリを買ってもらいました。以来、私の車好きは今日まで続いており、いろいろな車を乗り継いできました。

やがて、父の会社を継ぎ社長になると、不思議なもので「いい車に乗りたい」「ブランド品を身に付けたい」という欲が出てきました。
これは笑い話ですが、エルメスの財布を持っている人がいて、私がエルメスのエの字も知らないと言うと、「これエルメスというんよ、これはねヨーロッパの貴族が持つようなブランドなんよ」と自慢げに説明してくれました。しかし、どこから見ても、その方は貴族ではありませんでした。それがなんともおかしかったことを覚えています。
かつて、1980年代後半、日本はバブル景気に踊りました。日本人が海外でブランド品を買いあさる様子がニュースで流れていた時代です。今、思えば当時のブランド買いは一種のコンプレックスの裏返しだったように思います。ブランド品で着飾れば、自分も一流になれたような気がしたのでしょう。
 私もブランド志向で手痛い失敗をやらかしたことがあります。友人とゴルフを再開したのですが、一緒に習っていた先生のご縁で、ゴルフクラブを特注で作ることになりました。もうこの時点で間違いでした。自分のスイングもまともにできないのにゴルフクラブを作るなんて、それこそ100年早かったのです。
それはさておき、オーダーメードですから、やれ先っちょはどうするの、シャフトはどうするのと全部選ばないといけません。しかし、私にはどれが自分に合っているのかサッパリわかりませんでした。そのような中、私が判断基準にしたのはタイガーウッズでした。お店の人が「タイガーウッズはこうしていますよ」と言うと、「あっ、タイガーがそうしているなら、僕もタイガーと同じにしてください」という具合です。
当然ながら私はタイガーウッズではありませんから、ゴルフクラブはまったく私に合わず、そこから深刻なイップスに悩まされることになりました。周りが気の毒に思うくらいのイップスで、私のゴルフ熱は一気に冷めてしまいました。エルメスを持っても貴族になれないように、タイガーのクラブを持っても私は私でしかなかったのです。周りから見たら、さぞかし滑稽だったことでしょう。

 さて、話を車に戻します。私は社長になった時、急に偉くなった気がしました。もちろん大変な勘違いなのですが、社長は偉いものだという思い込みがありましたので、いざ自分が社長になると、途端に尊大になり、いい車に乗りたくなりました。高級外車を社有車にして乗り回した時もありました。
 そのような折り、大阪の小松屋さんという酒屋の社長さんに「中澤さん、そんな車に乗ったらあかんで。乗るにしてもせいぜいクラウンまでや」とたしなめられました。
私には、建設業の社長をしている知人がいますが、その社長さんからも「会社がどれだけもうかったとしても、決して役員車を高級外車にしたらいかんよ」と言われました。そんなことをしたら、仕事を発注してくれた元請け会社さんから「もうけすぎているんやないか」と勘違いされるというのです。それだけではありません。ゴルフも片手シングルになったらダメだと言うのです。なぜなら仕事をしていないと思われるからだそうです。この話は金融機関の人からも聞きました。
しかし、当時、私は30歳半ばで何もわかっていませんでしたので、「何に乗ってもええやん」と、すべて聞き流して好きな車に乗り続けました。当時の私は「一生懸命に働いて利益を出し、その利益でちょっとだけぜいたくな車を買う、その何が悪いんや」と思っていたのです。
しかし、だんだん年を重ねるにつれて、そのことが会社にとってデメリットこそあれ、メリットは何もないことがわかってきました。要らぬ嫉妬心をかうからです。嫉妬ほど恐ろしいものはありません。歴史の本や政治の本を見ていると、ささいなことで嫉妬をかい、攻撃されたり失脚させられたりすることがままあることがわかります。経営者も同じで、本人にそのつもりはなくても、嫉妬されたことによって不幸な運命をたどった人は結構多いのではないでしょうか。40歳を過ぎて、ようやく「この車はやめときや、損をするで」と注意してくれたことの意味がわかってきました。
当時、私はトヨタ・アルファードを社有車として乗っていましたが、これもちょっと高級すぎるかなと思い、トヨタ・ファンカーゴに乗り換えました。その次は軽自動車のダイハツ・タントです。この車は、コンパクトカーなので、トランクルームにゴルフバッグが入らず、ゴルフに行く際は、助手席にバッグを積まざるを得ず難儀しました。軽自動車は、近距離を走る分には大変快適ですが、高速走行には不安がありました。そこで、安全性も考えて今はトヨタ・タンクに乗っています。現在、走行距離は7万2000キロです。多分これを乗りつぶす形になると思います。

今回の相談者さんですが、商売を極めたいと真剣に思うなら、社有車は目立たない車にした方が絶対にいいと思います。「えっ、社長がこんな小さな車に乗っているの?」と言われるくらいの方が商売的にメリットがあります。
嗜(たしな)むという言葉があります。この言葉には、好んで親しむという意味の他に、つつしむ、遠慮する、我慢するという意味があります。社有車にも「たしなみ」が必要なのではないでしょうか。
ただし、プライベートで、こっそり好みの車を楽しむ分には何も問題ありません。私は、娘に会いに行くために、たまに高速道路を長距離ドライブすることがあります。そんな時はタンクでは少し怖いので、大きい自家用車を37年ぶりに買いました。今、プライーベートでは、いい車に乗る喜びとともに、自動車保険の保険料の高さを体感しています。