帰山

私の体形や運動神経を知っている人は驚くかもしれませんが、私は高校1年生から社会人2年目ぐらいまで、少林寺拳法の修行をしていました。
少林寺拳法は、宗道臣(そうどうしん)氏が創始した日本の武道です。宗道臣氏は、戦前、中国大陸に渡り、江南省嵩山少林寺の流れをくむ各種の拳法を17年間にわたって修行して帰国、独自の創案を加え、1947年、香川県多度津町において、「人づくり」のための「行」として少林寺拳法を創始しました。
少林寺拳法は、修行を通じて自信と行動力と慈悲心を持った社会で役立つ人を育てることを目的にしています。総本山は、宗教法人「金剛禅総本山少林寺」です。
きっかけは、友人が少林寺拳法の道院(拳法を修練する場所)に行き出したことです。ブルース・リーへの憧れがあり、いつか自分もやってみたいと思っていたこともあって、友だちに続いて、私も恐る恐る道院の門をたたきました。というのは、武道イコールしごきのイメージがあったからです。
ところが、接してくれた道院長は、大変気さくで、優しく、先輩たちも皆フレンドリーで、笑いが絶えません。すっかり気に入った私は、この道院で社会人2年目まで教えていただきました。当時、お世話になった先輩や関係者の方とは今でも交流があります。
少林寺拳法の修行には、技法の修練(易筋行)、鎮魂行(教えの唱和と座禅・呼吸法)、作務(掃除など)、学科(教えの理解)や指導者による法話(講話)、地域社会への奉仕活動などがあります。
この中で、特に私が好きだったのは学科です。他人と助けあい、幸せに生きることを説く「教え」に感銘を覚えました。根底には、開祖宗道臣氏の「世の中に役立つ人間を1人でも多く育てたい」という思いがあります。
私は、修行を通して、人間にとって何が大事なのかを教えていただきました。それは、私の人間形成だけでなく、会社経営にも大きな影響を及ぼしています。

さて、私は入門してすぐ、少林寺拳法の教育体系に驚きました。入門して1週間しかたっていない私に、新人を教えろというのです。白帯の私が人を教えるなんて、「もう勘弁してくれ」と思いました。しかし、これは人を育てるために意図的にやっていることでした。後に、「マクドナルド」のトレーニング&キャリアパスの仕組みを勉強した際、そのことがわかりました。
学習の定着率を調べた「ラーニング・ピラミッド」によると、最も身につく学習方法は人に教えることだといいますが、少林寺拳法の教え方はまさにそれでした。
少林寺拳法の昇級昇段制度も工夫されています。当時は13歳以上は3級からスタートしますが、級と初段の試験までは形を覚えて、宿題の提出や筆記問題など当たり前のことをすれば合格できるようになっています。昇級していくことでやる気を維持する仕組みです。

私の少林寺拳法ですが、一生懸命に練習しましたが、めちゃくちゃ身体が硬いため、「足刀(そくとう)蹴り」では股間がほとんど開きません。周りから見ると非常に格好悪かったように思います。
道院では、分け隔てなく仲が良く、私も子どもたちに教えるのが大好きでした。年に1回、皆で河原にキャンプに行きましたが、先輩・後輩を問わずわいわい交流でき、楽しく過ごすことができました。
高校生の時は、大会で入賞したこともあります。表彰されることなどなかった私は、非常に自信がつきました。2人の攻防を演じる組演武は、子どもたちに喜ばれますので、調子に乗ってやっていた覚えがあります。
よさこい祭りでは、組演武できるチームが、要所で組演武を観客に披露します。今考えると恐ろしいほど格好悪かったかもしれませんが、たまに子どもから「握手してください」と言われることもあり、高校生ながらちょっと誇らしく、うれしかったことを覚えています。
大学には少林寺拳法部がありました。しかし、部活でやっている少林寺拳法にちょっと違和感を覚え、熱心に勧誘を受けましたが、少林寺拳法をやったことがないふりをして逃げました。
社会人1年目の時は、全国大会の組演武発表会にも出場させていただきました。みんなから資金をカンパして頂き大変嬉しかったです。少林寺拳法は、相手と組んで相対練習することを重んじています。組演武では攻者と守者に分かれて技の掛け合いをしますが、幸い、私にはいい相方がいたため、少し自信がありました。しかし、「焦ると技が早くなる」と言われたため、じっくりやったらタイムオーバーで失格になってしまいました。まさに痛恨の極みです。
もっと悔しい思い出があります。それも大きな発表会の時のことでした。組演武は、攻防のパターンが決められており、その技の正確さで評価されます。私は、練習して、スピードも形(かた)もいい感じにできるようになっていました。
組演武は6番まであります。私は、それまで完璧な演武をしていましたが、最後の「屈伸突蹴」の時に、相手が振りかぶった際、屈伸するのを度忘れし、そこで全てが終わってしまいました。4カ月かけて仕上げてきたものが台無しになってしまったのです。
このミスには背景がありました。発表会の直前、仕事でトラブルがあり、私は深夜まで仕事をしなければいけませんでした。直前に万全な最終調整をして、発表会に臨む予定でしたが、それができません。仕方なく、相方に私の職場に来てもらい、休憩時間に最後の詰めをして発表会に出ました。完全な調整不足です。相方に迷惑をかけてしまい、今でもあの時の「屈伸突蹴」はトラウマ(心的外傷)になっています。他の出場者から「残念でしたね」「惜しかったですね」と声をかけてもらえたほど、「屈伸突蹴」までは完璧でした。結果は2位です。

今、なぜ少林寺拳法のことを書いているのかというと、先般、少林寺拳法のご縁があったからです。なんと中村文昭さんの「ご縁紡ぎ大学」を、香川県の多度津町にある少林寺拳法の総本山「金剛禅総本山少林寺」で開催するというありがたい情報をいただいたのです。もう二度と行く機会はないだろうと思っていましたから、ぜひとも行きたいと思い、車で向かいました。
少林寺拳法は、いったん離れても、やりたければいつでも復活できます。本部に行くことを「帰山」といいます。私は、総本山で昇段試験を受けたり、武道専門学校にも1年ぐらい通ったりした経験があります。しかし、車で3時間以上かかることと、社会人になって仕事が忙しくなり、日曜日が休めなくなったことから通うのを断念しました。今回、少林寺拳法創始の地に私は帰ります。とても懐かしく、非常に楽しみでした。
続きはまた後日