夢はかなう(その3)

私は、貯金を下ろして部員たちに焼き肉をご馳走(ちそう)する気満々でピンチを待ちました。しかし、ピンチがきません。準決勝で立ちはだかった強豪校の高知高校も4-0で撃破してしまいました。残るは、宿敵、明徳義塾高校だけです。
しかし、なんと間が悪いことに、その大事な決勝戦の日は、ベンチマーキングのために、お客さまが遠く県外から四国管財に来られることになっていました。さすがにそれをすっぽかすことはできず、決勝戦は球場で応援することができませんでした。それでもあきらめきれず、合間をみては、ちょこちょこインターネットの実況放送を見ていました。
試合開始前は、1-0ぐらいの接戦になるだろうと思っていましたが、あにはからんや、高知商業は前半からバカスカ打ちまくり、8回を終わった時点で、なんと10-0になりました。試合後、絶対エースの市川投手に「何を投げても打たれた」と言わせたくらいの豪打ぶりでした。
「これは勝つだろうな」と思いましたが、油断は禁物です。見ているだけの私が油断禁物と言ってもせんないことですが、一人で「油断するな!」「気を引き締めていけ!」と拳を握りしめていました。
そしていよいよ9回の表、明徳義塾高校の最終回の攻撃が始まりました。私は、さすがにがまんできず、「すいません。こういう理由で応援しているもんで、ちょっと野球中継を見させてください」とお客さまにお願いして、スマホで野球放送を観戦し始めました。明徳義塾高校に2点を返されましたが、ついにあと1人になりました。固唾(かたず)をのんで、感動の瞬間を待っていたその時、大嶋さんから電話がかかってきました。「やった! 中澤さんやった!」と叫んでいます。「ええっ? そうなんですか?」。
私が見ていたのはインターネットの実況放送だったので、タイムラグがあったのです。
9回表2アウトの時点で、リアルタイムでは優勝が決まっていたようです。
私の反応を見て、来ていたお客さまは盛大に拍手をしてくださいました。私は、感極まって号泣してしまいました。
こうして、高知商業高校は、第100回全国高等学校野球選手権記念高知大会(2018年夏)に優勝し、見事、12年ぶりに甲子園出場を決めました。

高知商業さんから、私と大嶋さんにうれしいサプライズがありました。ユニホームと帽子をプレゼントしてくれたのです。私は、それを着て甲子園のスタンドに座り、1回戦の応援をしました。
うれしいことに高知商業のファンの人が多くいて、売店でお土産を買っていると、「今年、高知商業いいよね、待っていましたよ」「久々に来てくれましたね」などと、周りの人から声をかけていただきました。ありがたい思いでうれしくなりました。
さて、今回の話の発端となった当社の社員さん(お母さん)ですが、「本当のことを言うと、私、甲子園に行けるなんて信じていませんでした」「こんなことが本当にあるんですね」と感激され、大変、喜んでいただけました。
社員さん(お母さん)は、甲子園球場の入場行進からご覧になったようですが、「夢って、本当にかなうんですね」と何度も言っていました。今回は、大嶋さんもがんばってくださって、社員さんの夢をかなえる支援ができ、私もうれしさで感無量です。

感動のエピソードがもう一つあります。社員さんのお子さんは、ベンチに入れなかった3年生の先輩に、「僕は2年生ですから来年があります。来年、また県大会で優勝してもらいますから、これは先輩どうぞ」と言って、授与された県大会の優勝メダルを先輩にプレゼントしたそうです。
この社員さんのお子さんは、レギュラーではありませんでしたが、甲子園では、2回戦の慶應義塾高校戦に途中代打で登場しました。出塁もして感動しました。守備でも、おっそろしいほどの大飛球をナイスキャッチします。この日、その子は3打席バッターボックスに立ち、守備にもつきました。試合は12-6で快勝。がんばっている姿は、見ていて本当にうれしくなりました。きっと、どこの学校の、どの親御さんも同じ思いではないでしょうか。
監督さんは、どの選手にも思い出をつくってあげたいし、卒業後も幸せになってもらいたいと思っています。そのために、いろいろな配慮をしなければいけません。「監督って大変だなあ」と思いました。
後日談ですが、高知商業の野球部の部長だった梶原さんは、今年から、高知県立梼原高校の野球部の監督に就任しました。今、「甲子園で優勝しました!」と「予祝」して、練習していることでしょう。数年後、また夢がかないます!