私の力不足

私に、毎日、LINEでメッセージを送ってくださる方がいます。そのメッセージは、大切なことを思い出させてくれたり、勇気や元気をもらえたり、いろいろなことを考えるきっかけになったりします。
この日のメッセージは、急性骨髄性白血病のために、38歳でこの世を去った歌手・本田美奈子さんの話でした。NHK「ハイビジョン特集 本田美奈子 最期のボイスレター」で放映された内容です。

「幸せになるためですよね。人の苦しみがわかるようになるための痛みだと思って、がんばって耐えていきたい」と話していた彼女ですが、ついに祈りは届かず、抗がん剤は効かなくなりました。
7月30日、この日は、彼女が自宅で最期の誕生日を迎えるための仮退院の日です。退院の直前、彼女は、ナースステーションの一角で、お世話になった看護師たちのために、感謝の思いを込めて「アメイジング・グレイス」を歌いました。彼女の喉と口腔内は口内炎で真っ白、血が吹き出ています。それでも彼女は歌いました。

私は、その放送を残念ながら見逃しましたが、この話を聞くだけで胸が詰まります。白血病といえば、私には苦い経験がありました。それは、前の会社の社員さんの話です。その方は、体調が悪く、病院で診てもらったところ、余命1週間と言われました。その社員さんは、会社に連絡してこう尋ねたそうです。
「すみませんが、すぐ入院しなければいけなくなりました。長期の入院になると思います。仕事は辞めないといけないと思いますが、この職場は大好きなので、もし元気になったら、もう一度戻ってきてもいいでしょうか?」
この電話を受けた人は、「それは・・・社長に聞いてみないと。ここではなんとも言えません」と返答したそうです。
これは、一般的に、組織人としては正しい返答だと思います。何の問題も起こらない返答です。ですが、私はこの話を聞いて「しまった!!」と思いました。
なぜ、電話を受けた社員さんが「全く問題ありません。全然大丈夫です。1年でも2年でもあなたのために席を空けて待っています。私が責任を持って社長に言っておきますから、安心して、今は治療に専念してください」と言えなかったのか。すべて私の責任であり、私の力不足です。社員さんの幸せを何よりも優先する経営ができていなかったことが悔しくてたまりません。社長として大いに反省しました。
その後、似たようなことが起こりました。その方は、入社して直ぐの人でした。会社の健康診断で、非常に症状が悪い肺がんが見つかりました。長期の療養が必要です。内心、復帰は難しいかもしれないと思いました。
この時は、「仕事は大丈夫だから、ゆっくり治療してね。あなたがお休みの間、補欠要員を入れるけど、よくなったらいつでも復帰していいからね。皆、待っているよ」と言って、笑顔で闘病生活に送り出しました。
闘病生活に入って1年半がたった頃、私が診察で病院の現場に行くと、偶然その人も診察にこられていて声をかけられました。一旦退院されて、通院治療をしていたのです。かなり痩せていました。
「お久しぶりです。すごく痩せて、体力も落ちてしまいましたけど、元気です」
「元気そうでよかった。ゆっくり治療に専念してね」
その後、しばらくして、その方は旅立ちました。3年近くの闘病生活でした。

このようなことが何件かあり、会社として、基準を決めて就業規則に盛り込む必要があるとも思いました。そうすれば、不公平になる余地がなくなり、連絡を受けた人によって対応が異なることもありません。もっといいことは、明文化することで社員さんに安心してもらえることです。
就業規則で定めた日数以上、復帰を何年も待つことはできません。その代わり、再雇用という道をつくりました。
それ以降、私は、事情があって辞めていく人には、必ず、次のような言葉やメッセージを渡していました。社員さんに、少しでも安心してもらいたかったからです。

「いつも応援していますよ。病気なんかに負けるな! 職場への復帰は僕が保証します! あなたが帰ってくるのを皆で待っているからね」