離職者もめでたし

経営が、会社の方向性を決めて、明確にその方針を打ち出せば、それに共感できる人と、どうしても共感できない人がでてきます。これは価値観の問題なので仕方のないことです。
会社の価値観に共感できる人は、会社でがんばっていただきたいと思いますが、価値観に共感できない人は、会社にとっても、その人にとっても不幸にしかなりません。離職されてもやむなしだと思います。
ここで「離職されてもやむなし」という受動的な表現を使った理由は、会社は価値観が合わないという理由だけで、社員さんを解雇することができないからです。そのようなことをしたら「不当解雇」になりかねません。
労働契約法 第十六条では「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を乱用したものとして、無効とする。」と定められています。つまり、解雇するためには、「客観的に合理的な理由」がなければならないのです。
それでは、会社の価値観に合わない人にはどうするのかというと、会社の経営方針を粘り強く説明して、従っていただくように指導していくしかありません。これは大変な労力です。創業社長ならまだしも、雇われ社長はそんな面倒なことはしたがりません。会社の方針に共感しない人がいても、管理職に「指導しておけ」と言って逃げてしまう傾向があるように思います。
私も今は雇われ社長ですが、人が嫌がる仕事は全部自分がやってきました。本気で取り組みましたから、火の粉もかぶりましたし、どこかの知事さんのようにパワハラだと言われることもたくさんありました。

かつて、私は、社員さんが会社を辞めるたびに胸を痛めていました。しかし、価値観の合わない会社で働くより、自分の価値観に合った会社で働く方が、社員さんにとって幸せなのではないのか、と思うようになりました。それはある出来事がきっかけでした。
今から23年前、「日本経営品質賞」の受賞を目指し、プロジェクトチームをつくって取り組んでいたことがあります。経営品質のいう「卓越した経営」とは、まさに私がおぼろげに追い求めてきた「いい会社」でした。私は、「日本経営品質賞」を受賞すれば差別化ができると考え、取り組みを進めていきました。それとともに、「顧客本位」「独自能力」「社員重視」「社会との調和」を基本理念にした経営を始めました。その具体的な戦略が「クレームは宝の山」「ホウ・レン・ソウ」です。ようやく「いい会社とは何か」がわかり、会社の方針が決まったのです。
ところが、この会社の理念に共感できない社員さんたちが数名いました。その人たちは、「クレームを宝の山にするなんておかしい」「クレームを公表されたら恥ずかしい」「さらし者になるのは嫌だ」などの理由で、会社を去っていきました。私は、大量退職者が出たことに自信を失い、落ち込みました。
その時、私のメンターである横田英毅(ネッツトヨタ南国 取締役相談役)さんからFAXが送られてきました。そこには次のような例え話が書かれていました。
「ある会社の社長が、会社の方針を出しましたとさ、その方針を聞いて半分の社員さんが辞めました。辞めた社員さんは、自分のやりたくない方針が会社から出たけれど、その会社を辞めることで自分のやりたいことができたので“めでたしめでたし”。会社に残った社員さんは、自分と価値観の合う仕事ができるので“めでたしめでたし”。社長さんは、会社の方針を明確にしたことで、価値観に合う社員さんを採用できるようになったので“めでたしめでたし”。」
私は、辞めていった社員さんを幸せにしてあげられなかったことを後悔し、落ち込んでいましたが、そうともいえないことに気づきました。むしろ、いまの会社を辞めたことで、自分に合った会社で働けるようになるので、逆に幸せなのかもしれないと思いました。何がいちばん社員さんにとって不幸なのかというと、それは社長が経営理念を明確に示していなかったことだとわかりました。
経営理念は、「目的」「手段」「目標」を明示しています。「目的」とは、存在意義であり、何のために会社があるのか、何のために仕事をするのかを示しています。「手段」とは、何によって目標を達成するのかを示したものです。「目標」とは、目指す成果を示すものです。これらは会社の価値観といえます。
会社で働く時間は人生のかなりの部分を占めます。自分に合った会社で働くことは、社員さんにとって幸せなことだと思います。
私は、絶対に、入社してから「こんなはずではなかった」と後悔してもらいたくありません。そのためには、採用前に経営理念を明確に示して、会社の価値観と合うかどうかを確かめることが大事だと思います。