お客さまの気持ちを知っていますか?

今回は、講演家の香取貴信(かとりたかのぶ)さんのお話をご紹介します。彼は、高校生の頃から、長年、東京ディズニーランドでアルバイトをしてきました。その経験をブログで配信したところ大ブレーク。それではと本にまとめたところ、これまたベストセラーになりました。現在、彼は「社会人として大切なことはみんなディズニーランドで教わった」をテーマに、“感動の伝道師”として、企業、学校、自治体、団体などで講演活動を行っています。
 今回ご紹介するお話は、彼が東京ディズニーランドでアルバイトを始めて2年たった頃に味わった苦い経験です。
 彼は東京ディズニーランドから、長時間勤務者に対して贈られる従業員用の優待券をもらいました。この優待券は、累計勤務時間が500時間になるともらえるもので、以降は累計勤務時間が1000時間増えるごとにもらえます。この優待券のすごいところは、どんなにパークが混雑して入場制限をしている時でも入場できる(当時)ことでした。
 せっかくもらった特別な優待券なので、混んでいる時に使わないともったいないと考えた彼は、一緒に優待券をもらった仲間4人と示し合わせ、大混雑するお盆休みの金曜日に使ってみることにしました。当時、彼が所属していたのはパレードゲストコントロールという部署です。夜のパレードがメインの仕事でしたから、勤務は通常、夕方から夜になります。そこで、勤務が始まるまでの昼間の空き時間にパークで遊ぶことにしました。
 当日は、案の定、入場制限がかかっており、入れないゲスト(お客さま)で長蛇の列ができていました。そのような中、彼らは従業員の特権といわんばかりに、入り口で優待券を見せて入場していきます。「混んでいる中、入場するって気持ちいいねえー」。完全に調子に乗っていたそうです。ゲストの気持ちなどみじんも考えていませんでした。
 パーク内は大混雑していましたが、勝手知ったる自分の庭です。どのアトラクションがいつすくか、レストランはどこが穴場かも熟知しています。よせばいいのにお昼のパレードも見ようということになり、4人は最前列に陣取りました。実は、パレード自体はどうでもよかったのです。毎日見ているからです。最前列に座った目的は、顔見知りの従業員に声をかけたいからでした。これ見よがしに従業員用の優待券を見せて、自分たちは招待されて来たことをアピールしたかったそうです。こうして、4人は昼間のパークを満喫しました。
 その数日後のこと、彼はいつものようにパレードの準備をしていました。夏休みということもあり、この日も観客は、はるか後ろの方までびっしり座っていました。みんないい場所でパレードを見たいので、数時間前から場所取りをして待っているのです。
間もなくパレード開始という時、空模様が急に怪しくなってきました。夕立です。あっという間にバケツをひっくりかえしたような雨が降ってきました。観客たちは急いで屋根のある場所に逃げていきます。しかし、最前列の人たちは、ずぶぬれになってもその場を動こうとしません。いったん離れたら、いい場所を取られてしまうと思うからです。
パレードが中止になった際、ゲストに中止のおわびをするのも彼らの仕事でした。彼は、ガックリ肩を落としているゲストに謝って回りました。しかし、内心、自分が雨を降らせたわけでも、中止を決めたわけでもないと思っていましたから、口先だけで謝っていたそうです。
いつもなら、パレードが中止になるとその日の勤務は終わりになります。しかし、その日はなぜかトレーニングセンターに行くように言われました。嫌な予感がしたそうです。そこには80人ほどのスタッフと怖い上司がいました。上司が話し始めました。
「今は夏休みだから連日たくさんのゲストが来てくださっています。先日、遅番の勤務を終えて車で帰ろうとしたら、翌日のパークに入るために、たくさんの車が駐車場の入り口で待っていました。気になって、翌朝、一番前で待っている黄色い車を見ると、なんと鹿児島ナンバー。しかも軽自動車のアルトでした。その車の中には死んだように眠っているお父さん、車の横にはお母さんと子ども2人が遊んでいました。まさか鹿児島から? と思ってお母さんに聞いてみると、家族4人で前日の朝、鹿児島を出発して、夫婦交代で運転し続けてきたといいます。小さな車なのでさぞ大変だったことでしょう。改めて見回すと、大阪や青森ナンバーの車もありました。さて、本日も夏休みなので、遠方から楽しみに来られたゲストがたくさんいらっしゃっていたと思います。本日のパレードは雨で中止になってしまいましたが、できることならそんなゲストたちにはどうにかしてパレードを見せて差し上げたかったよね」
彼は、上司の話を聞いているうちに、自分たちのことを暗に批判していることを感じました。「これはやばい」。もう1人の上司が話し始めました。
「夏休みのこの時期は、パークが混雑するため、連日入場制限が行われます。しかし、遠方から来られたゲストは諦めきれません。車を少し離れた臨時駐車場(従業員駐車場)に駐(と)めて、エントランスまで歩かれます。何度も当日券を販売していないことをアナウンスしていますが、もしかしたら買えるかもしれないという希望にかけているのです。しかし、やはり当日券は販売していません。ゲストはうなだれて臨時駐車場に帰っていきます。私が従業員駐車場に車を駐めて出勤する際、エントランスから戻って来るゲストの親子と出会うことがよくあります。お子さんたちは泣き叫んでいます。よく見ると、親の対応には2パターンあることがわかりました。一つは聞きわけのない子を叱るパターン。もう一つは子どもにうそをつくパターンです。『ミッキーはこっちにいるんだって、さあミッキーに会いに行こうね』とうそをついて、来た道を帰って行きます。君たち、子どもにうそをつく親の気持ちがわかるかい? 実は、このような時期に堂々と遊びに来た人たちがこの中にいます。君たち立ちなさい」
やはりバレていました。なぜ、わざわざこのような時期に来たのか、厳しく追及されました。さらに追及は続きます。
「君たちはパレードを見ていたよね。どこで見ていた? 一番前だよね。君たちが最前列で見ていた時、後ろに小さい子たちはいなかったかい? たくさんいたよね。君たちは毎日パレードを見ているのに、なぜ場所を譲ってあげなかったんだ? 君たちは、勤務時間中『小さいお子さんが見えるように席を譲り合ってください』と声かけしているよね。親切とか優しさとか口にしているよね。でもね、普段、人に優しくできない人が、お金をもらって働いている時だけ親切に振る舞っても、そんなものはお客さまに伝わらないと思うよ。見返りを求めてしている親切や優しさは、サービスでもなんでもない。いいかい、それは偽善というんだよ」
香取さんは、目が覚めた思いだったといいます。そこからスイッチが入り、目の前のお客さまの気持ちを考えるようになったそうです。どんな思いでお客さまはここに来てくださったのか、どれほど期待して来てくださったのか、それを思うともっと真剣にお客さまと向き合わなければいけないと思ったそうです。

「ショーは毎日が初演」。これはディズニーランドで働くキャストの心構えです。この言葉はサービス業で働く人に共通する心構えででもあります。香取さんのお話は、私にとって、「毎日が初演」のつもりでお客さまをお迎えすることの大切さを再確認させていただく機会となりました。
これって三翠園も同様です。