ジャニーズ事務所問題と部分最適
今回は、ジャニーズ事務所(現スマイルアップ)の創業者ジャニー喜多川氏(故人)による性加害問題と事務所の対応について、経営的観点から考えてみたいと思います。
その前に、今回の性加害問題で被害に遭われたすべての方に対して、心よりお見舞い申し上げます。被害者のご心痛は察するに余りあります。一日も早く、納得のいく救済が行われますことをお祈り申し上げます。
それでは、ジャニーズ事務所のこれまでの対応を見ていきます。
2023年5月14日、藤島ジュリー景子(ジャニー喜多川氏の姪)社長が動画による謝罪と見解発表を行いました。その内容は、被害を訴えた方々に対する謝罪はしたものの、BBCの番組報道ならびにカウアン・オカモト氏の告発に関する事実認定は避け、藤島ジュリー景子社長が引き続き代表取締役社長を担うというものでした。
しかし、2023年8月29日、ジャニーズ事務所が設置した「外部専門家による再発防止特別チーム」(再発防止策の策定などのため、法律や性被害などに詳しい外部の専門家による特別チーム)が調査報告書を発表したことで事態は急転します。報告書では、ジャニー喜多川氏による性加害の事実が認定され、同族経営の弊害、ジャニーズJr.に対するずさんな管理体制、ガバナンスの脆弱(ぜいじゃく)性などが指摘されました。加えて、再発防止策として、被害者への真摯(しんし)な謝罪と対話、被害回復のための「被害者救済措置制度」の構築、人権方針の策定と実施、研修の充実、ガバナンスの強化などが指摘されました。さらに報告書では、代表取締役社長の藤島ジュリー景子氏は事実調査や原因究明、再発防止、被害者救済といった対応を怠り、性加害についても事実認定をしてこなかったことを指摘し、藤島ジュリー景子氏の代表取締役社長辞任と同族経営の弊害の防止を求めました。
この調査報告を受け、ジャニーズ事務所は2023年9月7日、初めて記者会見を実施、藤島ジュリー景子氏はジャニー喜多川氏による性加害を認め、謝罪した上で社長を辞任、後任は東山紀之氏が就任することを発表しました。なお、藤島ジュリー景子氏は社長辞任後も代表取締役にとどまり、100%株式を所有し続けるということでした。また、社長となる東山氏は社名変更の考えがないことを説明しました。
大手企業は、この記者会見を受け、ジャニーズ事務所の被害者救済策や再発防止策が不透明であり不十分であると判断、この記者会見以降、相次いで同事務所所属タレントの広告起用を見直し始めました。
こうした大手企業の動きを見て、2023年10月2日、ジャニーズ事務所の東山紀之社長は記者会見を行い、ジャニーズ事務所は社名を変更し、被害者への補償・救済・心のケアに特化する会社にすること、役割を終えしだい廃業することを発表しました。この時点で藤島ジュリー景子氏は、すべての代表権を返上しました。なお、東山社長は、新たなエージェント会社を立ち上げ、希望するタレント個人やグループが設立する会社と個別に契約を結ぶことを発表しました。
このように、ジャニーズ事務所の対応は、終始、打つ手が後手、後手に回っていました。私が今回、言及したいのは二つあります。一つ目は、これほどの社会問題になっているのですから、謝罪は中途半端にするのではなく、完全な謝罪とともに被害者救済に全力で取り組む姿勢を打ち出すべきだったということです。
二つ目は、後手、後手に回った対応です。その原因は「部分最適」のマネジメントにあります。「部分最適」とは、組織全体の一部分や個人を優先して最適にする考え方をいいます。それに対して「全体最適」とは、組織全体を優先して最適化する考え方をいいます。「部分最適」を追求すれば課題を抱えた部門や個人は改善できますが、組織全体には波及しません。つまり「全体最適」にはなりません。
今回のジャニーズ事務所の問題は、直接的にはジャニー喜多川氏の性嗜好(しこう)異常が引き起こした問題ですが、「外部専門家による再発防止特別チーム」が指摘したように、本件の背景には、同族経営の弊害、ジャニーズJr.に対するずさんな管理体制、ガバナンスの脆弱(ぜいじゃく)性などがあり、組織のあり方が問われています。やるべきことは「部分最適」ではなく「全体最適」でした。到底、ジャニー喜多川氏の姪にあたる藤島ジュリー景子氏が、社長を辞任してすむ話ではなかったということです。
私は三翠園の社長に就任して以来、いろいろな改革を行ってきましたが、簡単にはいかない難しさを感じています。周囲の人は、「これとあれを変えたらいいよ」と助言してくださいますが、その通りであったとしても、一朝一夕には変えられないのです。
その理由は、組織である以上、単独でその業務が存在しているわけではなく、他の業務と連携しているからです。例えば、それを変えたら受注伝票はどうなるのかとか、経理に流れる仕組みはどうなるのか、などを考えないといけません。部分最適を行うことで、他の部分に余計な仕事が発生して、結果、全体最適が損なわれてしまうこともあるのです。
経営は、組織全体の最適化を優先すべきですから、私は、部分最適は極力しないと決めています。ですから、簡単な改善も非常に時間がかかっているのが実情です。もし、どうしても部分最適したい場合は、会社に迷惑をかけないように私の自己責任と自己負担(自腹)で部分最適を行うようにしてきました。
先般、ホテル内にボルダリング(人工壁などを登るスポーツ)の施設を造ったのですが、組織で取り組む以上、検討しなければいけないことや調整しなければいけないことが山ほどありました。工事費や維持費はいくらかかるのか、元々その場所にあった備品や什器はどうするのか、地元のお客さまにも開放するのか、利用のルールはどうするのか、所管部署はどこにするのか、監視体制はどうするのか、事故が起こった場合の補償問題はどうするのかなど、組織として運営する以上、全体最適を考えて取り組む必要がありました。
ジャニーズ事務所は、組織のあり方が問われていたわけですから、部分最適ですむはずがなかったのです。それなのに部分最適のマネジメントを繰り返したことで、炎上・火消しに追われることになったのだと思います。
2023年10月2日、ジャニーズ事務所の東山紀之社長は記者会見を行い、今後の重要方針を発表しましたが、その際、会見の運営を任された会社が「NGリスト」を作成し、特定の記者からの質問を受けないようにしていたことが発覚して、またまた炎上してしまいました。
問題に「対処」するのではなく、「解決」する姿勢が必要です。そうでなければ、組織は社会から「NG組織」と認定されてしまいます。