不祥事の根っこ

某中古車販売会社の損害保険会社に対する保険金不正請求問題が世間を騒がせています。当該会社は、7月18日付で、外部の特別調査委員会がまとめた「当社板金部門における不適切な請求問題に関するお詫びとご報告」をホームページで公開し、再発防止策を発表しました。
調査報告書が指摘した不正の原因は、①不合理な目標値設定、②コーポレートガバナンスの機能不全とコンプライアンス意識の鈍麻、③経営陣に盲従し、付度する歪(いびつ)な企業風土、④現場の声を拾い上げようとする意識の欠如、⑤人材の育成不足でした。
 この会社は過去にも不祥事を繰り返してきた歴史があり、今後、国交省のヒアリングなどで事の真相が明らかになってゆくと思われます。焦点は、会社ぐるみでやっていたかどうかですが、いずれにせよ、調査報告書が示したように、企業風土が問われそうです。
この企業風土の問題について、私なりに少し考えてみました。第一の問題は、調査報告書でいの一番に示された「不合理な目標値設定」です。報道によれば、元社員は「厳しいノルマを課されて判断がおかしくなっていた。成績が悪いと降格させられ、降格すると給料は半分になった。降格させられないように社員は皆必死だった」と語っています。これが事実なら、社員は恐怖でコントロールされていたことになります。
会社の意思決定には、「事実前提」と「価値前提」があります。前者は、目に見える目先の数字などの事実を前提に意思決定をする経営の仕方で、後者は経営理念に代表されるように、何のために組織があるのかという「目的」とそれを実現するための「目標」を前提に意思決定をする経営の仕方です。
 今回の不祥事は、会社が目先の数字の達成ばかりを追い求めた結果、極端な事実前提経営に陥り、それが不正につながっていったのではないかと思います。こうしたことは、当該企業に限ったものではありません。それが証拠に、近年、大手自動車メーカーの検査不正が頻発しています。人間には学習能力がないのかと疑いたくなるほどです。
事実前提の経営が、厳しすぎるノルマを生み出し、それが現場の社員さんを追い詰め、不正を引き起こしてしまうという構図です。こうした事件は後を絶ちません。中には、某消毒会社がノルマ達成のため、無料で床下を点検すると称して自宅を訪問し、養殖したシロアリをばらまき、「シロアリに食われている」などと虚偽の説明をしてシロアリ駆除などを行っていたひどい事件もありました。
第二の問題は、調査報告書に示された通り、コーポレートガバナンスの機能不全とコンプライアンス意識の欠如です。不祥事の責任は、不正をした当人はもちろん、不正をさせてしまった組織にもあります。
人には「安楽の欲求」があります。楽したい、得したいという欲求です。人は、ともすれば安楽の欲求に流されがちです。ですから、性善説に基づいた経営をしていくと、どうしても不正をする社員さんが出てきてしまいます。これは、会社と社員さんの両方にとって不幸なことです。不祥事は予防が大事です。不正を生み出す隙をつくらないガバナンスなり、コンプライアンスの徹底が組織には必要です。
第三の問題は、心理的安全性に担保された内部告発制度です。今回の不祥事を引き起こした中古車販売会社では、再発防止策を発表しました。そこには内部告発に関連したものとして、「現場と経営陣の円滑なコミュニケーションを促進するための現場巡回の際の個別面談を実施する」「社内ホットラインを開設するとともに、外部通報窓口の設置を含めた内部通報制度の改善を行う」と示しています。
この再発防止策がきちんと機能するかどうかは、心理的安全性が担保されているかどうかにかかっているように思います。心理的安全性とは、グーグルが分析した生産性を高めるための要因です。心理的に安全な環境とは、無知だと思われる不安、無能だと思われる不安、邪魔をしていると思われる不安、ネガティブだと思われる不安、これらの不安が低い状態をいいます。
組織風土が悪い会社は、いくら社内に内部告発窓口を設けても機能しません。なぜなら、その窓口の人たちが社員さんから信頼されていないからです。そもそもそういう会社の社員さんたちは、会社そのものを信用していません。何を言ってもムダだと思っています。そればかりか、告発したら自分に累が及ぶかもしれないと考えているかもしれません。
江戸時代には目安箱がありましたが、記名式だったため、相談したことで報復されたこともあったという話を聞いたことがあります。いつの時代も、心理的安全性は大事です。
ではどうすれば内部告発が挙がってくるようになるのかというと、それは経営者が襟を正して、社員だけでなく自分にも厳しく、日々の行動をきっちりしていく以外にないと思います。そうしないと、不正やいじめは表に出ず、会社は数字ではわからないところで悪くなっていくと思います。
今は、SNSの時代です。この会社に何を相談してもダメだと見限った社員さんたちは、外部に告発したり、SNSで拡散したりするでしょう。今回の中古車販売会社の件も、社員さんの損保業界団体への内部通報から大炎上につながったと聞きます。
この不祥事が示唆するように、不祥事を起こさない風土づくりの1丁目1番地は、やはり社員さんの心理的安全性を高めることではないでしょうか。