自戒

私には、自分を戒めていることがあります。一言でいうなら、「どんな時でも謙虚であれ」です。これは、私が持って生まれてきたものでもあり、出会ってきた人たちや、尊敬する人たちから学んだ生き方でもあります。
酒席では、謙虚さの大切さを感じることがよくあります。最近こそ、コロナ禍でラウンジなどに行く機会がなくなりましたが、かつては、よく遊びに行ったものです。そういう場所に行くと、たまに、殿様気分で店の女性たちに威張りまくっている人を見かけます。そういう傲慢で横柄な人もお客さまなので、他のお客さまに迷惑をかけない限り、女性たちは我慢して何も言いません。
仕事の場面でも謙虚さの大切さを感じることがあります。社長になると、おべんちゃらを言ってくる人が多くなります。相手の立場で考えれば、取引上、ある程度仕方のないことだと思います。ただの社交辞令なので、勘違いして調子に乗らないようにすればいいだけです。
しかし、私は、できた人間ではないので、おべんちゃらを聞き続けているうちに、心に埃が積もってしまい、無意識レベルで傲慢になってしまったり、人に脅威を与えてしまったりしがちです。今でもゼロではありません過去に猛省したことが何度もあります。
自分が尊大になっていたかどうかを知るのは、どちらかが退職した時です。言い換えれば、優越的な地位の乱用ができなくなった時です。退職後、道でバッタリ出会った時に、無視して避けられるのか、「いやー、在職中はお世話になりました。もし、お時間があればちょっとご馳走させてください」と言われるのか。この違いは、日頃のかかわり方によります。それは、自分がどうかかわってきたかではありません。相手から見て、私がどうかかわってきたかです。

私は、映画が好きでよく観ますが、不遜になりがちな私を戒めてくれる作品が二つあります。一つは、「タイタニック」です。ストーリーは説明するまでもないですが、豪華客船タイタニック号は氷山に衝突して沈没してしまいます。その時、上流階級の人たちは、当然のように、自分たちが優先して救助されるべきだと主張します。しかし、命に身分差はありません。すべてが尊い命です。救命ボートに人を押しのけてでも乗り込もうとする上流階級の人たちの姿は浅ましく見えました。
もう一つは、「シンドラーのリスト」です。これは、実在したオスカー・シンドラーの物語です。実業家のシンドラーは、第2次世界大戦中、1200人近いユダヤ人をアウシュビッツへの移送から救いました。
この映画には2人の“偉い人”が登場します。どちらも優越的な地位にありました。1人はドイツ軍の将校です。彼はいつもピストルで相手を脅かします。相手は、殺されないためにゴマをすったり、土下座をしたりして命乞いをします。
もう1人は、シンドラーです。実業家として財を成した彼は、その全財産を投じて1200人ものユダヤ人の命を救いました。
映画のラストシーンでは、シンドラーによって救われた人たちとその縁者が、行列をつくって彼のお墓を訪れます。そして、心からの敬意を表し、墓石に小石を置いていきます。
自分は、2人の“偉い人”のどちらになりたいのか。「タイタニック」と「シンドラーのリスト」は自分を戒めてくれる映画となりました。
三翠園を去った後関わった方から「元気~」と言われる様な日々を意識して顔晴ります

※写真は高知県民文化ホールに到着してトレーラー