「守破離」
何もないところから作り上げるのと、あるものをバージョンアップするのとどちらが大変かというと、圧倒的に前者だと思います。何もないということは前例がないということですから、なかなか周りの人に賛同していただけません。それどころか、大概、猛反発を招きます。なぜなら、これまでやったことのないことをするのは、不安であり余計な負荷もかかるため、やりたくないからです。
私はゼロから作り上げることの大変さや意義を整理して、それを「ゼロワン理論」と称しています。前職では、企業価値、差別化コンテンツなど、ほぼ一人でゼロから作ってきた自負があります。ですから、どんな質問を受けても即答できます。
これは私に限ったことではなく、ゼロワンを実践してきた人は、みんな「どういう背景があって作ることになったのか」「どういう過程を経てここに至ったのか」など、何でも説明できると思います。それは自分がやってきたことであり、散々悩んで試行錯誤してきたからでしょう。
一方、バージョンアップのみ携わった人は、「現在、何をしているのか」という表面的なことは説明できますが、どうしてそうなっているのかは深く説明できません。ベンチマーキングなどで、話をお聞きしていると、その人がゼロワンを実践してきた人なのかそうでないのかがよくわかります。マネしようと思う人にとって役に立つのは、ゼロワンの人の話です。
昔、私はTTP(徹底的にパクる)に徹していました。その結果、TTPのやり過ぎで会社や周りの人に大変迷惑をかけてしまいました。徹底的にパクるということは、相手の表面的なことだけをマネすることを意味します。「なぜそれが大事なのか」という背景(経緯)やプロセスが理解できていないと腹落ちしませんから、それをやり抜こうという覚悟ができません。ましてや自社に合わせた応用もできません。結果、中途半端になりました。
TTPに懲りた私は、経緯やプロセスを重視するようになりました。クレドカード(前職ではドリームカードと称していました)を制作する際も、経緯やプロセスを重視し、再現性を高めました。
クレドの作り方は、ザ・リッツカールトン大阪さんにお伺いして教えていただきました。お願いしたのは、当時、クオリティ担当部長をされていた桧垣真理子さんでした。スタッフ8人を連れて、宿泊と食事を体験しながら、ザ・リッツカールトンの理念や価値観をまとめた「ゴールドスタンダード」について詳しく説明していただきました。クレド(信条)、「紳士淑女をおもてなしする私たちもまた紳士淑女です」というモットー、サービスの3ステップ、従業員への約束、20のベーシック(現在、サービスバリューズとなっています)を総称して「ゴールドスタンダード」といいます。理念の意味と背景を知り、実際にサービスを体験したことで、「どのように」自社に導入したらいいのかのヒントをいただきました。
実をいうと、すでに自己流でクレドを作りかけていました。しかし、「なぜ」そうなっているのかを理解しないまま、見よう見まねで作ってしまうと、結局、うまくいかないことはTPPで痛感していましたので、ここは本家に教えを請うことにしたのです。こうして作った「ゴールドスタンダード」は20年かけて、バージョンアップしつつ、社内に浸透させていきました。
この経験がありましたから、三翠園でも、まずクレドを作ろうと決めていました。みんなの思いと理想をクレドに集約するのに1年かかりました。しかし、クレドは作って終わりではありません。朝礼などで「今日から、このクレドカードの読み合わせをします」といきなり言っても、「なんやねん」とそっぽを向かれるのがおちです。「クレドを共有することでどんな未来が待っているのか」、みんなの中にそれがイメージできている必要があります。一朝一夕にできることではありません。一人、また一人と理解者を増やしていく地道な努力が必要です。
前職では、ベンチマークに来てくださって「ゴールドスタンダード」(クレド)を自社に採り入れようとされた方もたくさんいらっしゃいましたが、なかなかうまくいきません。理由は、表面的な結果だけを採り入れようとしたからだと思います。経緯やプロセスを理解しないとうまくいきません。しかし、このプロセスは、面倒くさくて、めちゃくちゃ地味で、しかもすぐに成果がでませんから楽しくありません。せっかく採り入れてくださっても、長続きせず、諦めてしまいがちです。
「守破離」(しゅはり)という言葉があります。何か新しいことをしようと思ったら、できればゼロワンの人から話を聞いて経緯やプロセスを理解すること、そして導入したらそれを守り続けること、取り止めたり別のものを導入したりするのは、いったんきちんと身についてからだと思います。そうでないと私のようにTTPを繰り返すことになってしまいます。
※「守破離」は、千利休の訓をまとめた『利休道歌』が出所といわれています。「規矩作法(きくさほう) 守り尽くして破るとも 離るるとても 本を忘るな」。