想定外だった今回の地震警報

例年、8月の高知は「高知市納涼花火大会」や「よさこい祭り」が開催され、観光客で大いに賑(にぎ)わいます。私たち宿泊業界にとっても、一年で一番の書き入れ時であり、待ちに待った時期です。
 昨年は、8月9日に予定していた「高知市納涼花火大会」が、台風で13日に延期されましたが、今年は台風もなく、つつがなくハイシーズンを迎えられると思っていました。
ところが、「高知市納涼花火大会」と「よさこい祭り」開幕の前日の8月8日、日向灘の深さ31キロを震源とするマグニチュード7.1の地震が発生しました。
最初に、今回の地震により、被災された皆さまに心よりお見舞い申し上げます。また、被災地で救済と復興支援等の活動にご尽力されている方々に深く敬意を表します。
 今年は、1月1日に石川県能登半島でマグニチュード7.6の揺れを観測する大地震が発生し、4月17日には、豊後水道を震源とするマグニチュード6.6の地震が発生。愛媛県と高知県で震度6弱の揺れを観測しました。この時は、南海トラフ巨大地震との関連が危惧されましたが、気象庁が会見を開き、「南海トラフ巨大地震が発生する可能性が急激に高まっている状況ではない」という見解を示しました。こうしたこともあって、地震による宿泊のキャンセルは3組にとどまり、当館は大きな痛手を受けることはありませんでした。この経験もあったため、今回の地震がこれほど大きなキャンセルにつながるとは思いませんでした。

 しかし、その日の夜、気象庁が「南海トラフ地震の想定震源域で大規模地震が発生する可能性が普段と比べて高まっている」として、「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」を発表したことで事態は一変しました。地震が発生した日のキャンセルは5組でしたが、これで済むとは思えませんでした。正直、「これはえらいことになった」と感じました。
 会社としてどう対応するのか。当日の夜は、情報収集と意見交換に努め、対応方針は翌朝7時に幹部が集まって決定することにしました。経験したことのない事態であり、決めた方針が正しいかどうかもわかりません。わかっていることは、全ての責任は社長である私が負うということだけです。私は、他館さんと情報交換をして、翌朝を迎えました。
 話し合いの結果、キャンセル料は、最低限の料金の30%を上限にお願いすることにしました。この決定は直ちに宿泊営業部に伝えました。こうして、「南海トラフ地震臨時情報」発表の翌日が始まったのです。

結果は、まさに想定外。朝からキャンセルの電話が鳴りやみません。私は、事前にさまざまなケースを想定してことに臨む方なのですが、今回はコロナ禍以来の想定外の事態となりました。
この日、私は朝10時から、大変お世話になったお客さまのご葬儀に参列させていただくことになっていましたので、現場を離れざるを得ませんでした。しかし、どうしても気になりますので、合間にメールを見たところ、お客さまからの電話ですごいことになっており、さらに、最低限とはいえキャンセル料をお願いしたことで、該当するお客さまから大変なご批判を受けていることを知りました。
実は、朝の会議でもう一つ決めておいたことがありました。それは、なかなかご納得いただけないお客さに関しては、社員さんに代わって役員が対応するということでした。
しかし、ふたを開けてみたら、ほぼ全てといってもいいくらい、役員が対応しなければいけない案件ばかりでした。
「お前のところは地震でも金を取るんか」
「もしそっちに行って何かあったら補償してくれるんか」
 もうこれは手に負えないと思いました。私は、葬儀会場から「方針変更するしかない」「キャンセル料はなしでいこう」「またのご予約をお待ちしております、とだけ言おう」と指示しました。一刻も早く、リスクが拡大するのを止めなければいけないと思ったからです。
キャンセル料の問題で、お客さまが激高されることはなくなりましたが、キャンセルは100組、200組、300組と増え続けました。ただし、キャンセルされた予約を調べてみると、多くは「高知市納涼花火大会」と「よさこい祭り」の期間中のキャンセルではありませんでした。これが後に、われわれにとって挽回するチャンスとなりました。

さて、こうして三翠園は大きな損害を被ったのですが、メディアの中には、今回の地震を誇張して伝えるところも出てきました。このままでは風評被害により、二次災害を被りかねません。そこで、地元新聞社に取材していただき、われわれの実態を伝えようと思いました。
うれしかったのは、地元新聞社さんが当該記事をインターネットで広く配信してくださったおかげで、NHKさんを皮切りに、次々と全国放送のメディアが取り上げてくださいました。わずか30秒のニュースのためにスタッフを高知に派遣してくださるところもあれば、電話による取材対応で、声だけ番組に出させていただいたところもありました。
私がメディアの取材を積極的に受け続けた理由は、ピンチをチャンスに変えたかったからです。取材で訴求したことは以下の通りです。
・高知県の宿屋は、どちらも防災対策をきっちりしており、お客さまのご予約を心待ちにしていること
・高知の夏は、いろいろな催し物があり、例年なら予約が取りにくいところ、今年は空きがあるためチャンスであること
・三翠園は、高知県内最大規模の老舗旅館であり、コロナ禍に新館の完成と全館耐震工事を終え、さあこれからという時の地震で、大変悔しい思いをしていること

地震によるキャンセルは750件を超えましたが、社員さんの努力とメディアのおかげで、新規のご予約も300件以上頂戴できました。
8月15日、内閣府および気象庁は、「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」に伴う特別な注意の呼びかけを終了したと発表しました。これは当社にとって、挽回するさらなるチャンスになると思います。
当社の立地は、南海トラフ地震が発生すると、40分以内に1メートルの津波が到達すると想定されています。当然、地震が発生したら各部署は、どう対応するのかを明確に定めており、それは毎月の社内報等で、繰り返し全員で確認しています。備えは万全といってもいいくらいにできています。
地震は、いつ発生するかわかりませんが、発生した時は「想定内でした」と言えるくらいの対応ができるように顔晴っていきたいと思っています。