銀幕デビュー
私には、「こういう会社にしたい」という動機付けになった体験がいくつもあります。今回は、その中から、私が唯一映画に出演した時の出来事をお話しします。
ある日、地元の少林寺拳法の道場に、映画のエキストラ募集がありました。映画会社は、「少林寺拳法を修行している者は強面に違いない」というイメージを持っていたのだと思います。
しかし、以前のブログ「帰山」でもお話しした通り、当時、私が修行していた道場には、見た目が怖い人などいません。皆、優しくて笑顔がステキな、楽しい指導者ばかりだったので、映画会社の思惑通りには事が運びませんでした。
映画は、『刑事物語4 くろしおの詩』という武田鉄矢さん主演のシリーズものです。この映画では、毎回、武田鉄矢さん演じる片山刑事が、ハンガーをヌンチャクのように振り回して犯人一味を逮捕します。『刑事物語4 くろしおの詩』では、ゴルフクラブも武器として使われ、物語をより面白くしていました。
武田鉄矢さん演じる片山刑事は一見さえませんが、蟷螂拳(とうろうけん)の達人という設定で、カマキリの形の拳法を得意にしていました。
当時、私は四国管財に入社したばかりで、有給休暇なんか取れる状態ではありませんでした。土日も仕事でしたが、幸い平日の撮影だったため、なんとかお休みをずらしてもらい、エキストラに参加することができました。
さて、撮影当日、エキストラは朝6時に「ホテル高砂」に集合しました。一応銀幕デビューですから、スーツでバシッと決めて、いつものパッソルに乗って行きました。詳しい役どころは、現地で初めて聞きました。
今回、片山刑事は潜入捜査のために、山梨組の組員となり組長の家に住み込みます。私は、その組長の家に住み込んでいる組員の1人という設定です。7時半、上町の立派なお屋敷に移動しました。ここが組長の家です。ここから出番に向けてスタンバイします。
山梨組の組長は、往年の大スターの大友柳太朗さんです。俳優の三浦浩一さんも出演されていました。大友さんは、当時72か73歳だったと思いますが、一見、かなりのご高齢で大丈夫かなと不安になりましたが、撮影が始まると見違えるような動きで、セリフもしっかりされていて、さすが大スターだなと思いました。
お昼になりました。ロケ弁当が出ました。しかし、まだ出番がきません。しばらくすると「この衣装に着替えてください」と言われました。スーツ姿の私は、ステテコ姿になりました。ザ・ドリフターズの加藤茶がよく、眼鏡をかけて親父のコントをしましたが、まさにあのステテコと腹巻き姿でした。着替えたら、次は化粧です。顔にドーランを塗って、濃い影をつけます。あっという間に、強面の男になるから不思議です。
まだか、まだかと待ち続けましたが、なかなか出番がきません。撮影が予定通りにいかなかったり、大友さんの体調を気づかっていたりして、私たちエキストラの出番は、なんと夕方の6時頃でした。
どんな演技をするのだろうと思っていたら、なんと玄関のガラス戸を拭く役でした。私はとことん掃除に縁があるようです。朝、玄関を掃除していると、大友さん演じる組長が出掛けます。私は、「おはようございます!」と言って、にらみを利かして終わり。3秒ぐらいの映画出演でした。1回練習して、2回目本番。しかし、私は雑巾を落としてしまい、撮り直し。3回目で「はい、カット」。無事終了しました。
撮影現場の近所は、まるで映画「ALWAYS 三丁目の夕日」の風景のように、やじ馬が集まって、皆で映画撮影を楽しく見守っていました。
撮影が終わると、渡邉祐介(わたなべゆうすけ)監督は、「青年たち明日も来られるかい?」と聞きました。皆、「来たいです!」と言いましたが、私は自分の休みを自分で決められませんから「ちょっと待ってください会社へ電話してみます」と言って、近所の公衆電話を探して会社に電話をかけました。すると、予定担当の上司は、私が尊敬している上司の○○さんを例に挙げて、「俺が○○さんなら、こういうことは絶対せんけどな」と言いました。私は、「ああ、そうですか。わかりました」と答えるしかありませんでした。
後日、エキストラに参加した仲間に聞くと、2日目はもっと長い出番があったそうです。俳優さんたちとも打ち解けて、武田鉄矢さんと腕相撲をした写真まで見せてもらいました。皆、楽しそうでした。
私の2日目はというと、出社すると全然人は足りていて、特段の仕事なんかありません。事務所で待機みたいな訳のわからん仕事でした。「こんな仕事なら行けたのになあ」という悔しい思いをしました。今でも思い出すと悔しくなります。「うちは当たり前のことが当たり前にできない会社だなあ」とつくづく思いました。
この体験から、社員さんにとって大事な用がある時は、「仕事を差し置いても、絶対に行っておいで」「どんなことがあっても行っておいで」と言うようにしてきました。
当社には、かつて高知商業高等学校の野球部出身の人がいました。この試合に勝てば決勝戦という日、私は彼を「会社の命令だと思って、応援しに行っておいで」と送り出したことを覚えています。
仕事を通じて、社員さんの人生をサポートするのが会社の役目です。ですから優先すべきは会社の都合ではなく、その人の人生です。私は映画のエキストラに参加した時にそう思いましたし、これからもそういう経営をしていきたいと思っています。