経営は世につれ、世は経営につれ
昔、私は、ある結婚披露宴に参列しました。私のテーブルは、私を除いて全員が相手方の会社関係者というアウェー状態でした。しかも、会社の社長さんを幹部たちが囲むように座っており、なにやら会社の話で盛り上がっています。私は、次第に彼らの会話が気になってきました。というのは、当時、私は日本経営品質向上プログラムに取り組んでおり、いろいろな会社の経営に興味を持っていたからです。
やがて、その社長さんのスピーチの番がきました。社長さんの話は、まず自社の宣伝から始まり、次に売上状況、そして目標数値の説明をしました。まるで新年度の全体会議のようです。「現在、売上は10億円程度だが、○○年までには絶対に100億円にもっていきます!」と宣言しました。特に印象に残ったのは、「今は、こんなちっぽけな会社ですが」と連呼していたことです。
私の会社は、その社長さんから見れば、どこから見ても「ちっぽけな会社」です。100億円と聞いて、「すごいなあ」とびっくりしました。私は、社長さんに「社員満足のために、どんなことをされているのですか?」と尋ねました。すると、「いやあ、うちではね、社内で勉強会を開いて、お金の使い方を教えているんですよ。例えば、どんなところに投資をしたらいいかとか、どんなことをしてもうけるかとか、そういう勉強会を開いているんです。社員さんにとって、本当にメリットがある会社だと思いますよ」と自信満々に答えてくれました。
はたと気づきました。この会社の社員さんたちの会話は、ずっとお金にまつわる話ばかりだったのです。お酒の飲み方ひとつにしても「そんな飲み方をしていたら人事評価が下がるぞ」と言って笑っていました。私とは180度価値観や発想が違うので、非常に面白くなって興奮したことを覚えています。
その会社の意思決定は「事実前提」に基づくものでした。「事実前提」の経営とは、目に見える目先の数字などの事実を前提に意思決定をする経営の仕方です。それに対して、「価値前提」の経営とは、会社が大切にする価値観を実現するための経営の仕方です。どちらが良い悪いということではありません。「事実前提」がいいと思う人は、そういう会社を選べばいいだけです。
私は違いました。「価値前提」の経営を目指していたからです。それは、横田英毅さんや福島正伸先生から教えていただいたことでした。福島先生は、一般的な数字管理といった話は一切せず、夢とか、感動とか、そういう話ばかりされていました。「経営の話なのに、こんなに面白くていいのか」「こんなに心がワクワクしていいのか」と思ったものです。「自分がやりたかったことはこれだ!」と直感しました。小さいときからやりたかったことがハッキリ見えました。「社員さんが安心して、いきいき仕事をしたくなるような経営をしよう」と決めました。それが社員さんの幸せとなり、お客さまの幸せにもなり、ひいては会社の発展につながると考えました。
しかし、当時、私のような考え方はまだまだアウェーで、「やりがい」とか「幸福」とかを熱く語っていると、「なに寝言を言っとるんだ」と眉をひそめられました。「夢を語るような会社はないんかなあ」と思ったものです。
あの結婚披露宴から二十数年がたちました。最近、某中古車販売会社の経営の仕方が世間を騒がしていますが、今は、ウェルビーイングが当たり前の時代になりました。ウェルビーイング(well-being)経営とは、職員さんを、心身ともに健康で社会的に満たされた「ウェルビーイング」の状態にすることで、職員さんのモチベーションを高め、結果、企業と職員さんとお客さまを幸せにする経営をいいます。
「世は歌につれ、歌は世につれ」といいますが、経営もそうなのではないでしょうか。時代は確実に変わってきたと思います。