心のバリアフリー(後編)

体験宿泊の最後に、学生さんたちと一緒に振り返りをしました。その際、「あそこでは、こういう説明がほしい」「こういうことをマニュアルで徹底してほしい」など、ホテルにとって貴重なご意見をたくさんいただくことができました。
しかし、「完璧」なマニュアルというものは永遠につくれないものです。なぜなら、すべてのケースを想定することは難しいからです。ですから、私は、学生さんたちの要望に対して、「すべてをマニュアルにすることはできませんが、どんなことでも、とことんサポートすることはできます。わからないことや困ったことがあったら、遠慮なく何度でもスタッフに言ってね」と返答しました。
すると、学生さんたちは一様に驚いた顔をしました。宿泊客は利用規約に従わなければならず、規約にないことはお願いできないと思い込んでいたようです。一般の宿泊客と違う対応をお願いするなんてことができるとは、思ってもみなかったのでしょう。
「そうやないよ。ホテル側も完璧じゃないから、遠慮なしに困ったら、困ったって言ってもらったらいいんだよ。こっちは助ける気満々でいるし、他の利用客の方も、あなたたちが困っていたら助けてくれる人はたくさんいると思うよ。世の中そんなに捨てたもんじゃないから、「すいません困っています」とか「教えてください」とどんどん言ったらいいんよ」
ホテル側がおもんぱかって、あれやこれや情報を提供しようとしても限界があります。利用客にしても、自分にとって不必要な情報を膨大に説明されても、かえって迷惑です。それよりも、わからないことを聞きやすいようにすることの方が、大事だと思います。そう考えて、「遠慮なしに、何でも言ってくれて大丈夫だよ」と話しました。学生さんたちは、「そんなに人に頼ってもいいのか?」と驚いていました。
私が盲学校の学生さんたちと接して最も驚いたことは、学生さんたちのITリテラシーの高さでした。パソコンやスマホから三翠園のホームページに入って、宿泊の予約を体験してもらったのですが、初めて見る光景に感嘆しました。
全盲の学生さんがどうやって予約するんだろうと見ていると、音声読み上げのスマホを駆使して、ガンガン読み取っていきます。その学生さんのスマホの解読スピードは、この世のものとは思えないスピードでした。普通の早口の10倍ぐらいのスピードで、私には全く聞き取れませんが、その方にとってはそのスピードでも、当たり前のように文章を理解していました。集中力とITリテラシーの高さに感嘆しきりでした。聞けば、本を読むスピードも、一般的な人の何十倍ものスピードで読んでいくというので、「すごいなあ」と感じいりました。
さて、恐ろしいスピードで三翠園のホームページに入ってきましたが、そこでピタッと止まって、前に進めなくなってしまいました。「ホームページ上に何かブロックするものがある」と言うのです。
それは、コロナ禍の注意書きでした。通常のトップ画面の上に、注意喚起の画面を重ねてあって(レイヤー)、それを消さないと先に進めないようになっているので、画面がブロックされていると思ったようです。目が見える私でも複雑で戸惑いますから、目が不自由な人が予約までたどりつくのは至難の業(わざ)だと思いました。
どう改善したらいいかいろいろ考えましたが、私が出した結論は、電話で問い合わせしていただくようにもっていくことでした。電話でやり取りした方がお客さまにとって簡便で早いからです。うまく、電話での問い合わせに誘導できれば、目が不自由な方にとって使いやすくなりますし、ホテルにとっても成約率が上がります。
こうして、盲学校の学生さんたちの宿泊体験は、双方にとって、非常に有意義なものとなりました。先生は、「もしよかったら、また7月にお願いできればと思うのですが」と、恐る恐る相談されましたが、「どうぞ。来ていただければいただけるほど、こちらのスキルが上がっていくわけですから、大歓迎です」と、また即答しました。
今回、盲学校の学生さんの宿泊体験で得られたことは、県内の同業者さんにも情報提供して、共有したいと思います。

以前、私がつくったキャッチコピーがあります。それは「心のバリアフリー」というものです。だんだんと広まってきており、土佐経済同友会でもその言葉を使ってもらっています。
これは、私がある本を読んで、それをヒントにつくった造語です。どんな本かというと、障がいを持った方の旅行記で、バリアフリーの設備がないフィジー島に旅行した時の物語です。
フィジー島には、普通なら当たり前にあるスロープも全然ありません。建物とか交通機関も、障がいを持った方に配慮したものにはなっておらず、全てがバリアーだらけです。日本とは、比べるようがないほど、バリアフリーになっていませんが、なぜか、障がいを持った人は不便さを感じません。
なぜかというと、関わる人が、全員、当たり前のように全力でサポートしてくれるからです。フィジー島には、お金をかけて作ったバリアフリー施設よりも、もっとすてきなバリアフリーがあったのです。私は、「心のバリアフリー」だと思いました。そして、心のバリアフリーの方が、バリアフリーの質が高いことを感じました。
以前、高知青年会議所が主催した勉強会で、ネッツトヨタ南国さんにお伺いしたことがありました。その時、メンバーの1人が車いすでした。会議は2階の会議室で行うことになっていましたが、エレベーターがありません。バリアフリーという点からすると、大変きつい状況でした。
しかし、そこで目にした光景は今でも忘れられません。ネッツトヨタ南国の社員さんたちは、その車いすの人を見るやいなや、当たり前のように寄ってたかって、皆で「わっしょい、わっしょい」と車いすを担いで、会議室まで運び上げてくれたのです。
エレベーターは、ないよりはあった方がいいと思います。しかし、それよりもっと大切なものがそこにはありました。まさに心のバリアフリーでした。そのことを、今回、盲学校の学生さんたちを迎え入れて思い出しました。
現在、三翠園のバリアフリーは、いまいちだと思います。「何してんのん」と思いますが、うちの強みは全社員さんがお節介なくらい親切なところです。施設は最高とは言えなくても、「三翠園に泊まるとなぜか障がいを感じないし、温かな気持ちになれるね」と言ってもらえるようなホテルにしたいと思います。