迷えるカバン持ち(前編)
中国では、習近平国家主席が中国共産党の総書記に3選されて話題になりましたが、私はその会場となった「人民大会堂」に入ったことがあります。正確には迷い込んだことがあります。
「人民大会堂」は、天安門広場の西側に位置し、全国人民代表大会などの議場となるほか、外国使節や賓客の接受にも使われる建物です。
詳しい事情は割愛しますが、三十数年前、私は知り合いのカバン持ちとして中国旅行に随行しました。
その日は、「人民大会堂」の近くの施設で、知り合いの方が中国の偉い人と対談することになっていました。私もお供したのですが、途中で、カメラをホテルに忘れてきたことに気づき、私はホテルまでカメラを取りに戻りました。
ところが、カメラを取ってきたはいいが、何という施設で対談をするのか、それがどこにあるのか、何も聞いていませんでした。私はカメラを抱えて途方に暮れました。携帯電話などない時代です。知り合いに連絡を取ることができません。
いいかげんなもので、「たぶんここやろ」と当たりを付け、私は目の前の大きな建物に向かいました。それが「人民大会堂」でした。「人民大会堂」には衛兵が鉄砲を持って立っていました。
私は、守衛らしき人に、片言の中国語というか、英語というか、日本語のようなもので「ワタシ、ココニ、シリアイガイマース」と言いました。人は、面白いもので、外国人と向き合うと、日本語すら片言になるものです。「コノナカニ、シリアイイマス。ワスレモノノ、カメラモッテキマシタ」と言いました。
守衛らしき人は、わかったような、わからないような、ともかくどこかへ相談に行きました。しかし、20分ぐらいしても何も反応がありません。私は、別の守衛をつかまえて、ちょっと語尾を強くして、また片言で、「マダ、デスカ?」みたいなことを言いました。
すると、「ドウゾ、ドウゾ、コッチヘオイデ」みたいなことを言われたようで、建物の中に手招きされました。何もわからないまま、私は、あの「人民大会堂」の大広間のど真ん中を通らせてもらって、エレベーターに乗りました。
エレベーターには、エレベーターガールが椅子に座っていました。横にはふた付きの湯飲みがあります。彼女たちは、エレベーターの中で、お茶を飲みながら勤務しているようでした。
私は、そのエレベーターに乗って大きな会場に連れて行かれました。そこは、結婚式の披露宴会場のような広間でした。200人は楽に入れるくらいの豪勢な広間です。赤の地に金文字がやたらと目に付きました。「あいやー、知り合いはこんなすごい所で対談するんやな・・・」とびっくりしたものです。
私は、会場の受付のような所に案内され、芳名帳のようなものに書くように促されました。いつの間にか、私の周りには人だかりができていました。私が一文字書くたび、人だかりは「おー」と叫びます。「おー」「おー」という声に背中を押されるように、私は書いていきました。書くといっても、何を書いたらいいのかすらわかりません。取りあえず会社名と自分の名前を書きました。何がどうなっているのか・・・。ともあれ、私は大歓待されているようでした。
(後編に続きます)